正多角形とπの近似

正多角形とπの近似

初めに

円周率 $\pi$(パイ)は 3.14159265… と続く無理数です。 古代ギリシャの数学者 アルキメデス(紀元前287〜212年頃) は、 円に内接・外接する正多角形の周長を使って $\pi$ を挟み込む方法でその値を求めました。 辺の数 $n$ を増やすほど正多角形は円に近づき、周長も $2\pi$ に近づきます。

本ページの実装は、半径 1 の円に内接する正六角形の辺長 $s_6 = 1$ から出発し、 辺数を 2 倍にするたびに辺長を次の平方根漸化式で更新します。

正多角形の辺長倍化の導出図 中心 O、旧辺 AB、その中点 M、倍化後の頂点 C があり、OC が角 AOB を二等分し、O と M と C が一直線に並ぶ導出図。 A B C M O s_n s_{2n} 1 1 OM
下の一覧で見る正多角形の最初の 1 辺を、中心 O と中点 M まで分解した導出図です。

まず正六角形を起点にするのは、半径 1 の円の中心 O と隣り合う頂点 A, B を結ぶと、中心角 $360^\circ / 6 = 60^\circ$ の三角形 OAB ができるからです。OA と OB は半径なのでどちらも 1 で、しかも中心角が 60 度なので OAB は正三角形になります。したがって六角形の 1 辺も AB = $s_6 = 1$ とすぐ分かります。

つぎに一般の正 $n$ 角形で 1 辺を AB = $s_n$ とし、その中点を M とします。辺数を 2 倍にすると 1 辺に対応する中心角は半分になるので、弧 AB の真ん中に新しい頂点 C が入り、OC は $\angle AOB$ を二等分します。さらに円の中心 O は弦 AB の垂直二等分線上にあるので、その線上の中点 M と C も同じ直線に乗り、O, M, C が一直線に並びます。したがって OM は AB に垂直で、OAM と AMC の 2 つの直角三角形に分けて考えられます。

$OA = OB = OC = 1,\quad AB = s_n,\quad AM = \frac{s_n}{2}$

直角三角形 OAM から、$OM = \sqrt{1 - \frac{s_n^2}{4}}$ です。

さらに $MC = OC - OM = 1 - \sqrt{1 - \frac{s_n^2}{4}}$ なので、直角三角形 AMC から

\[ s_{2n}^2 = AC^2 = AM^2 + MC^2 = \frac{s_n^2}{4} + \left(1 - \sqrt{1 - \frac{s_n^2}{4}}\right)^2 = 2 - \sqrt{4 - s_n^2} \]

ここで $u = \sqrt{4 - s_n^2}$ とおくと、 $\sqrt{2 - u} = \sqrt{\frac{(2 - u)(2 + u)}{2 + u}} = \sqrt{\frac{s_n^2}{2 + u}}$ なので、

\[ s_{2n} = \sqrt{2 - \sqrt{4 - s_n^2}} = \frac{s_n}{\sqrt{2 + \sqrt{4 - s_n^2}}} \]

という、実装の nextInscribedSideLength と同値な形にそのままつながります。 つまり本ページは、まず正六角形で長さ 1 の基準を作り、そこから中心角を半分にする操作だけで、 より細かい正多角形へ進んでいます。

この更新式を各段階で使い、周長の半分

\[ \pi_n = \frac{n s_n}{2} \]

を $\pi$ の近似値として使います。したがって、本ページの正多角形一覧と収束グラフの正多角形系列は、 既知の $\pi$ や三角関数を使わず、正六角形からの倍化だけで計算しています。

理論的には、内接正 $n$ 角形の辺長は $s_n = 2\sin(\pi/n)$ と表せるので、同じ近似値は次の形にも書けます。

\[ \pi_n = \frac{n s_n}{2} = n\sin\!\left(\frac{\pi}{n}\right) \]

こちらは理論的に同値な表現です。本ページの実装本体はこの式を Math.sin で直接評価しているのではなく、 辺長の倍化漸化式で同じ極限へ近づけています。

正六角形から倍化した正多角形の一覧

正六角形から辺数を 2 倍ずつ増やした列 $6, 12, 24, \dots, 3072$ について、$\pi$ の近似値を比較します。
これはアルキメデス型の倍化近似をそのまま追う一覧です。
緑色 の部分が既知の $\pi$(3.14159265358979…)と一致している文字です。SVG は理解補助の表示です。

多角形
π近似値
誤差
一致桁

ライプニッツ級数によるπの近似

17世紀、ライプニッツが発見した以下の無限級数もπを表します。

\[ \frac{\pi}{4} = 1 - \frac{1}{3} + \frac{1}{5} - \frac{1}{7} + \cdots = \sum_{k=0}^{\infty} \frac{(-1)^k}{2k+1} \]

この公式は数学的に非常に美しいですが、収束が極めて遅く、 1万項足してもπの4桁程度しか一致しません。 スライダーで項数を変えて収束の遅さを体感してください。

100

マチンの公式によるπの近似

1706年、ジョン・マチンが発見した以下の公式はライプニッツ級数より はるかに速く収束します。

\[ \frac{\pi}{4} = 4\arctan\frac{1}{5} - \arctan\frac{1}{239} \]

arctan はテイラー展開で計算します:

\[ \arctan x = x - \frac{x^3}{3} + \frac{x^5}{5} - \cdots = \sum_{k=0}^{\infty} \frac{(-1)^k x^{2k+1}}{2k+1} \]

引数が $\frac{1}{5}$ や $\frac{1}{239}$ と小さいため、各項が急速に小さくなり 少ない項数で高精度が得られます。

5

ラマヌジャン公式によるπの近似

1910年代、天才数学者ラマヌジャンが発見した以下の公式は 1項(k=0)だけで7桁一致の精度を持ちます。

\[ \frac{1}{\pi} = \frac{2\sqrt{2}}{9801} \sum_{k=0}^{\infty} \frac{(4k)!\,(1103 + 26390k)}{(k!)^4\, 396^{4k}} \]

各項を加えるごとに精度が約8桁ずつ増えていきます。 スライダーで項を増やして、その鋭い収束を確認してください。

0

ガウス・ルジャンドル法によるπの近似

1970年代にリチャード・ブレントとユージン・サラミンが独立に発見したガウス・ルジャンドルのアルゴリズムは、 反復ごとに正しい有効桁数がほぼ倍増(二次の収束)していくという、凄まじい収束速度を持つアルゴリズムです。

算術幾何平均の性質を利用しており、以下の手順で更新します:

\[ a_{n+1} = \frac{a_n + b_n}{2}, \quad b_{n+1} = \sqrt{a_n b_n}, \quad t_{n+1} = t_n - p_n(a_n - a_{n+1})^2, \quad p_{n+1} = 2p_n \]

初期値は $a_0 = 1$、 $b_0 = 1/\sqrt{2}$、 $t_0 = 1/4$、 $p_0 = 1$ です。 円周率の近似値は以下のように求まります:

\[ \pi_n \approx \frac{(a_n + b_n)^2}{4t_n} \]

3 回の反復で約 19 桁、4 回で約 41 桁、5 回で約 84 桁、6 回で 99 桁まで一致します。 スライダーで反復回数を動かして、その二次の超高速収束力を体感してください。

3

各近似手法の収束速度の比較

5つの近似手法(正多角形、ライプニッツ級数、マチンの公式、ラマヌジャン公式、ガウス・ルジャンドル法)の誤差がどのように減っていくかを一つのグラフにまとめました。 正多角形は正六角形から倍化した $6, 12, 24, \dots, 3072$ の系列を使っています。 横軸は「計算回数 / 反復回数 / 項数」、縦軸は既知の $\pi$ との差の絶対値で、両方とも対数スケールです。 既知の $\pi$ は小数第 100 位までの参照値に統一しており、級数・反復法の誤差は 100 桁固定小数点で計算しています。

あとがき

正多角形による $\pi$ の近似は 収束が比較的遅い 方法です。 辺数を倍化していくと着実に精度は上がりますが、正3072角形でも級数型の公式と比べるとまだかなり遅い収束です。 一般に、1桁精度を増やすたびに辺の数をほぼ √10 ≈ 3.2倍 増やす必要があります(誤差が $1/n^2$ に比例するためです)。

一方、17世紀以降に発見された無限級数(ライプニッツ級数・マチンの公式・ラマヌジャン公式など)や、現代のガウス・ルジャンドル法は はるかに速く $\pi$ に収束します。たとえばラマヌジャン公式では 1項(k=0)だけで7桁一致し、以降も項を加えるごとに約8桁ずつ精度が向上します。さらにガウス・ルジャンドル法では、わずか5〜6回の反復で 100 桁まで到達します(本ページの π 誤差比較は 100 桁で統一)。

それでも、アルキメデスの方法には幾何から出発して $\pi$ に迫る教育的価値があります。 本ページでも trig 版の式をそのまま計算するのではなく、正六角形の辺長更新から同じ極限へ近づける形に揃えました。 誤差表示や収束グラフで既知の $\pi$ を参照するのは、あくまで比較のためです。 正多角形がどんどん円に「なってゆく」様子を眺めながら、 円周率の神秘に思いを馳せてみてください。